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バンコク国際大会 参加報告

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第103回国際ロータリー年次大会参加報告

この度はRYLA学友として、バンコクでの国際ロータリー年次大会への派遣という貴重な機会をいただき、まことにありがとうございました。私は、現在滝川中高等学校でIACの顧問をさせていただいており、現在のIACでの取り組みを、これまで以上に地域と国際社会に貢献しうる青少年の奉仕活動へと発展させるヒントを掴みたい、また世界中のIACをはじめ、RACやRYLAといった新世代奉仕活動をされている方々との絆を結びたいと考えたのが、参加を志望した理由です。さらに、大会本会議のみならず、ロータリー平和センターの取り組みが学べるということで、大会前会議の世界平和シンポジウムへの参加も大変楽しみにしておりました。
会場は、バンコク郊外、旧ドアンムン国際空港の近くにある巨大なコンベンションセンターだったのですが、兎にも角にも国際大会の規模の大きさに圧倒されました。本年度は3万5千人を超える参加者が集ったとのことですが、これは、シカゴの100周年記念大会以来の参加者だそうです。市内との連絡のために、大会委員会はバンコク中の大型バス600台を借り上げてシャトルバスを運行していました。また、バンコク中いたるところに国際大会の看板が掲げられ、開会式には国王の名代としてチュラポーン王女殿下がご列席されるなど国を挙げての歓迎を受けました。今回の訪問時には、その傷痕こそ目立ちませんでしたが、洪水で甚大なダメージを受けたタイは、経済効果の面からもこの国際大会に対する期待が大きかったようです。
世界平和シンポジウム・大会本会議では、実に3名のノーベル平和賞受賞者をはじめ、グラミー賞シンガー、現職の国家主席等と各界から錚々たる方々が素晴らしい講演をされました。また、60余の分科会も開催されました。紙面の都合もあり、すべての詳細について報告することはできませんので、私が特に心を揺さぶられたお二方の講演について述べさせていただきます。
お一方はムハマド・ユノス氏で、私はかねてよりお話を伺いたいと切望しておりました。ユノス氏は、1940年に英国統治下にあったバングラデシュ生まれの経済学博士で、1976年に飢饉に苦しむ貧困層を救済するためにグラミン(村落)銀行プロジェクト開始し、2006年度のノーベル平和賞を受賞された方です。このプロジェクトは、金融機関が経済の中心となる現代の金融資本主義のあり方に構造的問題をみいだしたユノス氏が、金融機関を利用できない貧困層の生活向上のため、無担保で少額の資金を貸し出すマイクロ・クレジットという仕組みを作りだし、実施したものです。
私の興味を引いたのは、ユノス氏の困難な問題を抱えた場合、時に通常の方策の逆を実施する事が解決に繋がるという着眼点です。グラミン銀行のプロジェクトにおいても、金融資本主義では見捨てられた貧困層に、生活の自立に必要なビジネスプランをグラミン側が提示し、そのための最低限度の生産手段(牛1頭や鶏10羽など)獲得のために、女性を中心に無担保で融資するという、通常の融資とは逆のアプローチを行っています。この活動は、現在バングラデシュでは、8万4000村で558万人ほどの貧しい女性を主な対象に実施されています。そして、融資の98パーセントが返還されているということです。また、この活動は発展途上国だけでなく、近年試験的にニューヨークをはじめ、アメリカの各都市でも実施され、貧困層の生活向上に着実な効果を上げているとの事でした。
ユノス氏はまた、資本主義の中で、営利活動を行いながら、貧困層などの生活改善にも繋がる社会企業の必要性も述べられており、この点においてロータリーが大いなる可能性を持っている点を指摘しておられました。さらに、ユノス氏は世界中の貧困の絶滅を目指しており、将来の子どもたちが「博物館で貧困を学ぶ未来」を夢見ていました。
もう一方は、世界平和シンポジウムで講演された、国際的なヒップポップ歌手として活躍されているエマニュエル・ジャル氏です。ジャル氏は、1980年に南スーダンに生まれましたが、内戦で母親をはじめ家族のほとんどを失いました。戦火を逃れる中で、人々は避難民の死肉を求めるハイエナやハゲタカを捕らえ、飢えをしのぐ状況だったそうです。それすらも得られないとき、ジャル氏は友人を食べたいと思うほどの極限状態でした。ジャル氏はそのような状況に追い込んだ北スーダンのムスリム勢力を憎み、また生きるために9歳でスーダン人民解放軍に入隊して、3年後に英国の救護員の女性に保護されるまで少年兵として戦闘の日々を送った経験を持つ方です。ジャル氏は保護後、初めてきちんとした教育を受け、それが彼の人生を変えたとのことです。教育を通じて紛争や貧困の原因を学び、苦しい過去や現状を許し受け入れることが出来たと述べておられました。そしてその後、ジャル氏は心の支えとなっていた音楽の道に進むことを決意し、ヒップホップ・ミュージシャンとして成功を収めるのですが、教育こそが平和を導き、貧困を救うとの信念から、教育支援活動に携わると共に「GUA Africa」を設立し、紛争・貧困救済活動を実施されています。ジャル氏の「教育こそが平和を導き、貧困を救う」という主張は、教育に携わるものとして、深く心に響きました。
 ジャル氏のように極限状態にあった方は、それがゆえに平和の大切さを感じることができます。しかし、曲がりなりにも平和を享受している豊かな先進国の子どもたちの場合はどうなのか。平和の意味をただ知識として伝達するだけでは不十分ではないのかということが、私が教育活動をする上での日頃からのジレンマでもありましたので、機会を得てジャル氏にその点を尋ねました。ジャル氏は、先進国でも貧困や平和の問題はあるはずであるし、子どもたちが教育によってそのような問題に気がつくことが重要であるのではと述べられました。そして、問題を知ることにより、子どもたちは少しだけでも関心を持ち、それを他の人に伝え、そういった小さな動きがやがて、多くの人の気持ちを一つにし、社会を動かす契機になりうるのではないかという旨のお返事をいただきましたが、これは真に平和の意味を考え抜いたジャル氏ゆえの重い言葉であると感じました。
両者に共通していたことは、強い信念はもちろんのこと、その平和構築や貧困救済の活動が、地域に密着した草の根の運動に重きを置いているという点です。そして、活動自体は、決して派手ではなく地味で地道なものです。グラミン銀行は今でこそ巨大な組織に成長しましたが、そのスタートはユノス氏のポケットにあった27ドルの融資だったそうです。
これらの点に私は何を学び、そして社会のため、世界の平和のために、私たちIACに関わるものが何ができるのかということを、私はアクターに伝えなければなりません。政治や宗教といった問題を超えて、グローバルに活動できるのがロータリーの強みであり、一方インターアクトはより地域に密着した活動を行える特長があるのではと私は思います。そして私は、IACの活動の可能性として、地域社会や共同体を繋げる橋渡しを出来るのではないかと考えています。
また、閉会式においては、田中作次次期RI会長は、日本が今日の繁栄を得られたのは、平和を希求したからこそであり、ロータリーの奉仕を通じて、私たちは困難な問題も力を合わせれば解決できると、力強く訴えかけました。そして「Peace through Service」を次年度RIのテーマとされました。私は、この理念を咀嚼し、中高生のアクターにも実施できる活動に反映させたいと思います。即ち、地域に密着した地道なIACの活動を通じて、平和な社会の構築を微力ながら体現していきたいと考えております。
今回の国際大会への参加はIACの活動についてだけでなく、私自身の人生や生き方を考え直す、素晴らしい機会になりました。また、沢山の友人を世界中に作ることもできました。これからも世界平和シンポジウムや国際会議に参加したい、またロータリー平和センターの先進的な取り組みについてより専門的に深く学びたいとの思いを強く心に刻んだ、7日間となりました。